
「感覚が開いていく、とても豊かな時間でした」
- 参加者の声
Our Approach
静かな想い
ふとした小さな気づきから、このリトリートは始まりました。
現代のわたしたちは、考え、判断し、素早く応答することに追われています。
限られた時間のなかで成果を求められ、効率よく動くことが自然な前提になっています。
そのようなリズムのなかでは、
行動の背後で静かに起きていることに気づくことや、
ただ在るという感覚に触れることが、少し難しくなることがあります。
私たちは、その流れから一度立ち止まり、
静かに落ち着くことのできる場をつくりたいと考えました。
それは決して、日常から逃れるためではありません。
むしろ、もっとそれを楽しむためです。
場所の役割
私たちの知覚は、環境によって育まれています。
光、音、質感、そして時間のリズム。
それらは神経系に微細に働きかけます。
穏やかで整った場所にいるだけで、
私たちの感覚は、自然と落ち着きを取り戻してゆきます。
派手ではないのに、人を惹きつける場所。
理由をうまく説明できなくても、なぜか足を運びたくなる場所。
この島は、「何もないけれど、すべてがある」と形容されることがあります。
そして、ただ在ることへと私たちを招きます。
海を渡る時間、
木造建築の空間、
障子に映る光のゆらぎ
それらを感じることそのものが、すでにリトリートの一部です。
空気の質、
目に見えない気配、
自分と自然との境界が、やわらいでいく感覚。
いままでは、自分の外にあると思っていた世界が、
なぜか、懐かしさとともに、内側に現れてくること。
このリトリートは、すでにあなたの内側で生まれつつあるものを、
静かに思い出すための場です。
実践としての瞑想
ここでの瞑想は、信念や思想として提示されるものではありません。
注意とともに働くための、ひとつの実践です。
座ること、呼吸すること、身体を感じること。
静かな観察を通して、注意がどのように動いているのかに気づいていきます。
ふだん背景にあるものが少しずつ見えてきます。
繰り返されるパターンが明確になります。
反応は、やわらぎはじめます。
瞑想は、特別な状態を目指すことよりも、
知覚をやさしく磨いていくことに重きがあります。
見えにくいものに出会う
私たちの行動の多くは、
十分に意識されていない過程によって形づくられています。
意図と行動のあいだ。
感情と表現のあいだ。
そこには、かすかな余白があります。
ゆっくりと、丁寧に観察すると、
その余白は知覚できるようになります。
これまで静かに影響を与えてきたものに気づきはじめます。
それは修正すべき問題としてではなく、
理解されるべき動きとして現れます。
言葉を越えて、やわらかく働く
言葉は有用で力強い道具です。
分析し、分類し、説明することを可能にします。
けれども、すべての意味が言葉に収まるわけではありません。
リトリートの中では、
あえて言葉を減らす時間があります。
沈黙を理想とするためではなく、
別のかたちのやり取りが立ち現れる余地をつくるためです。
姿勢の微妙な変化。
呼吸の深まり。
ひとつの空間に共有される空気。
そうした共鳴は、ときに説明よりも正確に何かを伝えます。
知覚を育てる
見えているのに、見過ごされているものがあります。
そこにあるのに、まだ十分に受け取られていないものがあります。
このリトリートでは、
安定し、繊細で、受容的な注意の質を育てることを大切にしています。
新しい知識を加えるためではありません。
より深く気づくためです。
知覚が澄んでいくと、
選択は無理なく行われ、
行動は自然に整っていきます。
終わらないプロセス
私たちは、世界がすでに固定され、定義し尽くされているとは考えていません。
あらかじめ意味を与えるのではなく、
いま立ち現れようとしているもののそばにとどまります。
リトリートには構造があります。
しかし、それは硬直したものではありません。
導きはありますが、
発見のための余白もあります。
参加者それぞれの体験は、その人固有のかたちで展開しながら、
丁寧に保たれた環境の中に支えられています。
努力から生まれる気づきもあれば、
委ねることで静かに現れるものもあります。
心が落ち着くとき、
次の一歩は無理なく見えてくることがあります。
どうぞ、しばらく静けさの中に身を置いてみてください。
そこにはすでに、あなたに語りかけている何かがあるかもしれません。
























